【名称】三十三観音巡り(さんじゅうさんかんのんめぐり)
【所在地】江差町
【大分類】動産
【中分類】無形
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
2016年6月5日日曜日
2016年5月31日火曜日
2016年5月30日月曜日
2016年5月16日月曜日
正調江差追分節基本譜
【名称】正調江差追分節基本譜(せいちょうえさしおいわけぶしきほんふ)
【所在地】江差町
【大分類】動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
明治40年代から、様々な曲調で唄われたいた江差追分の曲調統一を図る動きがみられました。
あわせて、譜面で江差追分の曲調を表現することも行なわれました。
現在用いられている譜面は、江差追分会師匠会の承認を経て、昭和49年(1974)に制定されました。
【参考】
『江差追分会再興五十年記念誌 風濤成歌 江差追分』(1999年/江差追分会)
【所在地】江差町
【大分類】動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
明治40年代から、様々な曲調で唄われたいた江差追分の曲調統一を図る動きがみられました。
あわせて、譜面で江差追分の曲調を表現することも行なわれました。
現在用いられている譜面は、江差追分会師匠会の承認を経て、昭和49年(1974)に制定されました。
【参考】
『江差追分会再興五十年記念誌 風濤成歌 江差追分』(1999年/江差追分会)
2016年5月15日日曜日
2016年5月14日土曜日
龍神山と隆政山の巡行
【名称】龍神山と隆政山の巡行(りゅうじんやまとたかまさやまのじゅんこう)
【所在地】江差町字田沢町/尾山町
【大分類】動産
【中分類】無形
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
【所在地】江差町字田沢町/尾山町
【大分類】動産
【中分類】無形
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
2016年5月13日金曜日
姥神大神宮の伝承神楽
【名称】姥神大神宮の伝承神楽(うばがみだいじんぐうのでんしょうかぐら)
【所在地】江差町字姥神町
【大分類】動産
【中分類】無形
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
【所在地】江差町字姥神町
【大分類】動産
【中分類】無形
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
真宗大谷派江差別院から見る夕陽
【名称】真宗大谷派江差別院から見る夕陽(しんしゅうおおたにはえさしべついんからみるゆうひ)
【所在地】江差町字中歌町
【大分類】不動産
【中分類】空間
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
【所在地】江差町字中歌町
【大分類】不動産
【中分類】空間
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
浜田喜一の像
【名称】浜田喜一の像(はまだきいちのぞう)
【所在地】江差町字鴎島
【大分類】不動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
昭和62年(1987)に、有志によって建てられた浜田喜一の銅像です。
浜田喜一は、大正6年(1917)に江差で生まれた、戦後の民謡界を代表する歌い手です。
【碑文】
(台座正面)
「初代浜田喜一師之像」
(台座裏面)
「碑文
初代浜田喜一師は大正六年七月江差町新栄町に父喜三郎(号松鶴)母よしの四男として出生、正調江差追分節の名人であった父の唄声を子守唄として育つ、大正十一年五才にして病床の父に変つて「追分節大会」へ出場大人達に互して唄い「神童」の名をほしいまゝにした、昭和九年上京「かもめ会」を結成戦後の第一期黄金時代の中心的存在として活躍する、昭和三十四年「初代浜田会」を結成し門下より優秀な唄手を数多輩出又民謡会で始めて歌舞伎座で公演、昭和五十七年郷里に追分会館落成を記念併せて追分節の益々の隆盛を祈念し「江差屏風図緞帳」を寄贈、六十有余年に亘る師の芸道生活は常に江差追分節から離れる事なく国内は基より世界各国に迄其の名を拡めた功績は筆舌に尽くせぬものがあり政府は師に勲五等瑞宝章御下賜の栄誉を賜る、
茲に偉大なる江差追分節中興の祖初代浜田喜一師の偉徳を永遠に顕彰する為に全国有志相諮り生誕の地に銅像を建立し後進の亀鏡となすものである、
昭和六十二年九月吉日
初代浜田喜一師顕彰像建立実行委員会」
【所在地】江差町字鴎島
【大分類】不動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
昭和62年(1987)に、有志によって建てられた浜田喜一の銅像です。
浜田喜一は、大正6年(1917)に江差で生まれた、戦後の民謡界を代表する歌い手です。
【碑文】
(台座正面)
「初代浜田喜一師之像」
(台座裏面)
「碑文
初代浜田喜一師は大正六年七月江差町新栄町に父喜三郎(号松鶴)母よしの四男として出生、正調江差追分節の名人であった父の唄声を子守唄として育つ、大正十一年五才にして病床の父に変つて「追分節大会」へ出場大人達に互して唄い「神童」の名をほしいまゝにした、昭和九年上京「かもめ会」を結成戦後の第一期黄金時代の中心的存在として活躍する、昭和三十四年「初代浜田会」を結成し門下より優秀な唄手を数多輩出又民謡会で始めて歌舞伎座で公演、昭和五十七年郷里に追分会館落成を記念併せて追分節の益々の隆盛を祈念し「江差屏風図緞帳」を寄贈、六十有余年に亘る師の芸道生活は常に江差追分節から離れる事なく国内は基より世界各国に迄其の名を拡めた功績は筆舌に尽くせぬものがあり政府は師に勲五等瑞宝章御下賜の栄誉を賜る、
茲に偉大なる江差追分節中興の祖初代浜田喜一師の偉徳を永遠に顕彰する為に全国有志相諮り生誕の地に銅像を建立し後進の亀鏡となすものである、
昭和六十二年九月吉日
初代浜田喜一師顕彰像建立実行委員会」
皇太子殿下御婚礼紀念林の石碑
【名称】皇太子殿下御婚礼紀念林の石碑(こうたいしでんかごこんれいきねんりんのせきひ)
【所在地】江差町字鴎島
【大分類】不動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
【所在地】江差町字鴎島
【大分類】不動産
【中分類】実物
【小分類】
【関連文化財群】
【歴史文化保存活用区域】
【説明】
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